ブログサイトが移動しました。

私のブログサイトが、2011/12/1より、次のサイトに移動しました。
続きは、そちらでお読みください。

 茶谷通代の新しいブログサイト
        どうぞ引き続きご愛読を。

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東北のお祭り 

2011年 8月5日 山形    山寺〜 花笠踊り

秋田中央ICから山形に向かう。

有名な(私は知りませんでした・・・)「山寺」に。本当の名前は「立石寺」


芭蕉が有名な
「静けさや 岩にしみいる 蝉の声」と詠んだのが、この山寺だそうです。



私は、もじって
「古寺や 芭蕉の像に 蝉の声」 ごめんなさい。



山寺の奥の院は暑くて遠くから眺めるだけにしました。




古寺から蔵王へ車で上りました。
やはり蔵王は「冬に来るべきだよね」と・・・。

蔵王から山形市内へ。駅の中にあるワシントンホテルに荷物を置いて、まち歩き。
山形は紅花の産地で、江戸時代はとても栄えたそうです。
京都から紅花を生業にする旦那さまが移り住んで、京都の文化をこの地に咲かせたそうです。
日本の古の良き文化が一番残る都市とも言われてそうです。

立派な蔵が沢山あり、その中の一つのお蕎麦屋さんでお酒をいただきながらお蕎麦。雰囲気がありおいしかったです。

花笠踊りに参加する人達で賑わっていました。





花笠踊りに沢山の参加者。 綺麗どころあり、会社から参加のグループあり。






花笠踊りは、沢山の人達で賑やかに、華やかに踊る盆踊り・・想像した通りでした。踊らにゃ〜損損という気持ちが!! でも我慢。

ホテルでいっぱい飲んで、明日に備えて早めに寝ました。

翌日は休み休みですが一気に自宅へ戻りました。12時間近くかかりました。
主人の一人運転。お疲れさまでした。 パチパチ拍手。
中二日明けて、主人は日本アルプスへ登山しました。凄いです。

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東北のお祭り 

2011年 8月5日 秋田市 竿灯祭り
高速道路の標識に「湯沢」という文字が出て来ました。
私も主人も、湯沢の近くに来ていて、アケミさんに黙って去る事は出来ないよね。と言う事になり、運転中の主人の携帯電話で私がアケミさんに電話を入れました。
「先生たち今何処にいるの?」
「湯沢の近くを車で走ってるの」
「来て!今日から湯沢は七夕祭りが始まる。実行委員長をしているので本部にいるから、湯沢の秋田銀行の前に来て!まだ車の規制が始まっていないから」
湯沢の七夕祭りは大きな美人画の絵灯篭をそれぞれ家の前、商店の前に並べて競います。
なかなか立派で有名です。大きな七夕の飾りもあります。
「もう、今年で実行委員長は辞めるわ」と言いながら、「先生ご夫妻は、今日は湯沢を無視して花笠祭りに行っちゃうの?」
「ゴメン。今度またゆっくり来る。・・・いぶりがっこを家に送っておいて欲しいの」
彼女は代々続くお漬物会社の社長。秋田で一番おいしいと私は思う。
秋田には本当に美人が多い。彼女もビックリするほどの美人。社長としての仕事も、イベントの企画や実行力も主人の一番弟子を自認するだけあって、頑張っています。
今度また来る、と約束をして秋田市に入ったのでした。

何度か訪れた事のある秋田の町。それでもそぞろ歩きをして
お祭りの町の雰囲気を味わっておりました。

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(今回は蓮の季節に来ました)

竿灯のお祭り、主人は2度目です。私は聞いてはいたもののこんなに素晴らしいものだとは・・・感激しました。

「どっこいしょ〜」「どっこいしょ〜」の掛け声と、笛の囃子、太鼓の拍動。



幼若 子供たちの竿灯











3世紀もの竿灯の歴史を紡いできた継承者が3000人。
ロウソクの提灯10000個がが光の河を作り
それぞれの町紋があり、誇りをもって力を合わす。
大若と言われる一番大きい竿灯は長さ12m、重さ50kg、提灯の高さ64僉提灯の数46個、
幼若と言われる一番小さな竿灯(子供用)長さ5m、重さ5kg、提灯の高さ30僉提灯の数24個
「流し(ながし)」次の差し手が竹を継ぎやすいように支える。
「平手(ひらて)」高々と手のひらで竿灯をかざして上げて見せる。
「額 (ひたい)」利き腕の手のひらで受け、指の間からずらしながら額に乗せる。
「肩 (かた) 」利き腕で支えて真っ直ぐ肩に降ろす。
「腰 (こし) 」高度な技で上体をほどよく横に傾けた腰に乗せる。クライマックスの大技。

観客も「どっこいしょ〜」と全員参加の気分になる。
長い竿が傾いて横になっても、竿の上に白い紙のかたびらは神様なので観客は近付いても喜ぶ。
招待席から私は大興奮。。



(私ではなく、後ろの「腰」の技を見てください)

子供たちも素晴らしい技で魅了してくれました。









写真がぶれてばかりで、良いのがありません。

後は素晴らしいホテルの部屋で静かにお酒を飲みました。

帰宅しても私が真似するのではないかと心配の主人。
案の定、その後帰国した娘に「竿灯の額や腰」のゼスチャーをして、娘はビックリして「ママ、大丈夫?」と心配させてしまった。(爆笑)

「竿灯の 灯りやさしく 技が冴え」  通代
   
俳句など作った事のない私、見苦しくてもお許しくださいませ

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東北のお祭り 

2011年8月4日 角館〜秋田市
秋田の払田柵跡(ホッタのキアト或いはホッタのサクアト)を見に行きました。私は全く知りませんでした。ご存知の人は少ないと思う。(私だけが知らなかった?)


(東門)
少し離れたところに管理事務所があり、歴史のDVDを見せてもらう。
征夷大将軍になった坂上田村麻呂が800年代、平安時代この地で戦い勝利し治めた後が払田柵跡史跡。
鬼退治として有名な坂上田村麻呂が主人公です。残された絵(復元?)を見たら鬼を沢山殺しています。
しかしです。鬼と描かれているのは、この地元に住んでいた人間の事です。
敵を鬼としているのを見ると、鬼畜米英と言った戦争を思い出しました。
支配者からの反体制側は鬼とされるのでしょう。


(正門)


(正門から入ったところ)
この史跡は立派に保存管理されています。
地元の人に開放されていて、芝生でグランドゴルフなどを楽しんでおられました。

この日は角館(カクノダテ)でどうしても会いたい人が居る。
18年ぶりに会うその人の事を思うと胸がドキドキします。
その女性は元我社の社員さんと結婚しました。、仲人をしました。
彼女はたしか、若い時にミス秋田、ミス着物に選ばれたと聞いています。
派手なところが無く、清楚な美しさで、気品に満ちておられました。
精神性の高い女性です。
私の好きな女性の一人でした。
でも、結婚生活は一年も続かず角館に帰られたのです。
その頃の私は、子育てと家事と会社の仕事に忙殺されていて
遠くから嫁いできた薫子(仮名カオルコ)さんの気持ちを察し、話し相手にもなれなかった自分を後悔しました。

それから時折連絡があるようになったりして、
たまたま学生時代からの友人が現ダライ・ラマ氏のマントラを送ってくださったので、大事な何人かにコピーをして差し上げたのです。
薫子さんは、そのダライ・ラマ氏のマントラを大事にして「人生が大きく良いように変化してきました」と何度もお礼の言葉をくれました。
今回も東北へ出かける直前にメールが来て、主人に予定を聞くと、偶然にも角館を通るという事で今回の再会になったのです。

角館は緑豊かで武家屋敷の有名な町です。昔来た時の事を思い出しながら約束の時間まで武家屋敷を歩いておりました。

約束の時間に近付いて、ドキドキしながら待っていました。
その美しく気品のある薫子さんとは18年ぶりに顔を見た時、すぐに分り手を取り合って再開を静かに喜びました。
主人は「女同士二人だけで、そこの喫茶店で話をしたら」と
一人で町歩きに出かけてくれました。

二人とも目がウルウルして、今にも涙が落ちそうです。
18年の月日は一瞬にして流れました。
やはり、彼女の精神性の高さは半端ではありません。
「この角館の土地の神様は、薫子さんを離さない」と
確信出来るほど、しっとりしたこの町にあまりにも似合っているのです。実際に角館の地に根差した活動をしているそうです。
あっという間に一時間が経ち、主人が帰って来ました。
一緒に話に加わり、それでも時間はすぐに過ぎ去り、私達は秋田市へ向かう時間になりました。
彼女と別れて車でしばらく走った後、
「忘れ物してまった。薫子さんと写真を一緒に取るのを忘れた・・」
「それは、君たちがまた会うための楽しみとしての神様のプレゼント」と主人。
彼女からは写真を撮りたいと思っておりましたが、遠慮が先に立って言いだせませんでした。とメールが来ました。

また、メールに「ご夫妻にこの感動的な出会いの為の、あの結婚があったのかもしれない、と思うほどです。あの感動の再会の後、驚くべきパワーで物事が動きだしています」とメールをくれました。。 彼女の活躍は素晴らしいものです。
元気で頑張って!と祈っています。

竿灯祭りに招待されておりました。
キャッスルホテルを取っていただいておりました。
最上階の0号室! なんとなんと特別室。
政治家か有名人のための部屋なのでしょう。たまたま空いていたのでしょうか。
広い! 綺麗!です


居間
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居間

居間

寝室

洗面室

長くなりましたので、竿灯祭りは次回に

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東北のお祭り 

2011年8月3日  弘前〜田沢湖高原温泉
7時25分、ホテル出発
8時45分 弘前市役所駐車場に車を置いて市内見物。

市役所の前がお城、有名な津軽藩です。
入口の小さなお城跡が実は本丸だとか。昔は奥に正式な本丸があったと思われます。

お庭は自然が残されて素晴らしく、落ち着きのある景観で、何故か夫婦連れの私達の年配のカップルが多いのが不思議でした。桜の季節はさぞかし綺麗な事でしょう。

旧東奥義塾外人教師館(幕末には出来ていた)

2階は当時の写真や家具が展示されている。新しい文化を取り入れていた気風がよく分かります。
1階は喫茶店。 復元コーヒーなるものをいただきました。

お庭には弘前の有名な建物のミニチュアが並んでいて面白い。

弘前は津軽という地名の方が馴染みがあるかもしれない。
リンゴは日本一の生産量だし立派な城下町の雰囲気が漂っていました。



本物の図書館


弘前にもねぷた(ねぶた)祭りがあります。青森のねぶたに比べると
小ぶりかもしれませんが
生活に根差していて、地域のお祭りの感じが青森より残されているようにも思いました。

11時13分 大鰐弘前から東北自動車道を南下。

12時15分 岩手山SAで食事と給油

13時05分 盛岡ICで東北自動車道を出る。
13時50分 田沢湖 田沢湖は以前に来たので懐かしい。

3時30分 田沢湖高原温泉 「ホテルグランド天空」着
ここのホテルの部屋からみえる展望の素晴らしさはこの通り。

寝室・居間そして畳の部屋が10畳くらいがあり、広い。昨日の狭さと今日の広さ!! 昨日は洗面用具と下着の換えしかホテルに持ってはいらなかった(荷物を持ってはいると狭い)。
露天風呂が気持ち良く景色は、部屋から見える景色と変わらない。
早く着いたので、独占状態。


夕食も和洋折衷で美味しい〜。

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東北のお祭り 

2011年8月2日  青森「ねぶた祭り」
 
広瀬館のロビーで美味しいコーヒーをいただいて8時に出発。

磐越自動車道から、郡山JCTで東北自動車道に入る。
ひたすら北へ走る。菅生(スゴウ)PAで休憩。
ここのこんにゃく玉、一串4個で100円、美味しい〜。
前沢SAで昼食。
花輪PAで休憩。小岩井ソフトクリーム、美味しい〜。
15:30分青森中央IC。 16:00ホテル着。

東北自動車道は地震でもっと傷んでいると想像していたのですが、
道路は多少の凸凹がある程度で、地震の後とは思えないほどきれいに補修されていました。
海側の方に向かって、しばらく助手席から手を合わせておりました。

青森の駅近くのホテルは極端に狭いビジネスホテル。
主人がインターネットを駆使して探してくれた、ねぶた祭りに近いホテルの一室です。今まで泊まったホテルで一番狭い・・・当然ながら感謝あるのみ。。

早速、お祭り気分を味わう為に町に出た。
ねぶたの準備をしている会場には、大型バスで観光客が沢山運ばれてきます。


青森駅から町中をいつものごとく歩きました。
はやめに食事して(ホタテの専門のお店・ウニ丼もとても美味しい)、「ねぶた祭り」を見るための準備。
桟敷席もまだ空いている。

東北のお祭りは総て「ねぶり流し」といわれる。
寒い雪深い冬が長い東北。 夏は、眠ってなどいられないほど大事な季節。
五穀豊穣を願い(眠気を流す)というところからきた言葉だと主人に教えてもらいました。

7時過ぎ灯がともされ「らっせいら、らっせい、らっせい、らっせいら」の囃しと笛と鐘と太鼓が、始まり大きな「ねぶた」と「踊り手」が動き出す。
さすがに迫力があります。綺麗です。



子供の「ねぶた」もあり、可愛い〜可愛い〜。

「ねぶた」は通りによって見え方が違う。 広い通りより道幅の狭い方が迫力がある。見え方が違うというのはテレビで写るのとも少し違う。

後、町中で主人とビールを飲む。
気になった事・・・参加者以外の青森市の市民の皆さんの熱意がそれほど感じられない。
今まで見てきた「くんち」「諏訪神社御柱」 「岸和田のだんじり」「新居浜の太鼓祭り」「西条祭り」は自分たちの手で自分たちのお祭りをしている気甲斐のようなものが町全体にあったように思う。

昔、国鉄時代に東京から遠い地方へ乗客を運びたい。と言うところから東北のお祭りを盛んにして、盛大にしてアピールしていったと聞く。
そして、蝋燭から電球という便利なものが出来て巨大になったという。。
毎年の巨大化されたお祭りは、スポンサー無しでは無理になり、スポンサーの名前が前に出過ぎているように思うのは、私くらいなものだろう・・・。

一般の観光客には大きくて賑やかな方がいい・・・。
さすが「ねぶた」は迫力があります。角度を変化させながら向かってくるとその迫力が凄い!美しく盛大なお祭りです。

しかし、青森の小さな市にホテルが沢山ある訳ではない。
観光客は大型バスでやってきて、大型バスでホテルに向かう。
ねぶた祭りの近辺で、それほどのお金は使って貰えてないのではないでしょうか?
少し白けた感じがするのはそのせいでしょうか?

「みちのくの 祭りは夏に 恋い焦がれ」 通代

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東北のお祭り 

2011年 8月1日 新潟月岡温泉

15年以上乗っている愛車(トヨタ アリスト)で東北のお祭りに出かけました。
先日、主人が秋田へ講演にいきました。今回はそのお仕事の関係のある人からお誘いを受け「竿灯まつり」の招待券をいただきました。急遽「ねぶた祭り」「花笠まつり」に行く事になりました。秋田で会いたい人もいます。

主人の一人運転で(私はペーパードライバー)、しかも主人が風邪気味だったので心配ながらの出発でした。
新潟県と福島県を襲った記録的な豪雨で、予約していた新潟の阿賀野川流域にある旅館から、浸水の為に営業が出来ない旨があり、旅館の変更を前日にしました。
なんとなく不安を感じる旅の始まりでもありました。

長旅なので助手席に乗る私も、一緒に出来ることは何?と考えたのが
地図を見て、ドライブの時間の記録をつけていく事くらい。
休憩を多目に取るようにする事を薦める事くらい。

朝、7時半に自宅を出発。ひたすら100キロ以上のスピードで名神高速道路から北陸自動車道を走りました。
震災の復興支援を掲げた自衛隊等の車を見る事が多く、東北に近付いていることの実感がしました。

新潟の月岡温泉の宿に着いたのは15:15分
全体的な月岡温泉は大きくもなく、観光客も決して多くなく、さびれた温泉地の感じがしました。
ところがです! 宿の「広瀬館」はとてもしっとりした、サービスの行き届いた気持ちの良い綺麗な旅館です。
女将さんも美人です。
月岡温泉地を散歩しましたが、この広瀬館がとびきり良いように思いました。
団体客を取らず、家族だけのための旅館。前日申し込んだ私たちで満室の2階建ての旅館です。

貸し切りの原泉かけ流しの外風呂。

その外風呂の為の部屋。

お料理もなかなか。さすがにご飯の美味しさは格別。

お値段も手頃、気持ちのよさは格別の旅館です。

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夏、真っ盛り

ジージー・ワンワン鳴いている蝉の声。
夏真っ盛り! 暑さお見舞い申し上げます。

この時期、あまり大きな声で言えないのですが、私は夏が好き。
裸に近い服装していても風邪をひく心配が無い!
蝉の声にもエネルギーを感じ、訪れる風に心地よさを感じて満足してまうのは、あまり仕事をしない人だからでしょうか。
やはり私は、南の島でのんびりその日暮らしで生きているのが性に合っているのかな?
願わくは、湿度が少なくあればうれしい。その上、やさしい風があれば なおうれしい。
(もちろん高温多湿で風が無いのは、私もダメです・・)

8月1日から東北のお祭りを見て来ます。
主人のお仕事兼ねてですが、私は青森の「ねぶた祭り」、秋田の「竿灯まつり」もまだ見ていないのです。
今年は東北にお金を使いたい!と思っています。
秋田で会いたい人も居ます。
主人の一人運転で行きます。すこしキツイと思いますので、ゆっくり、のんびり旅してきます。

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若い!?

私のブログを読んで下さっているG氏さんが「老人身分は50歳からかい?」と聞いて下さった。 
何とうれしいお言葉でしょう。
周りの人が○○歳から、と答えてくださった。
帰ってから主人にその話をしたら、
「最高のお世事を言って下さったねぇ」とのたまう。
ふっふふ。お世辞に決まっているのは知ってます!
でも、女はお世辞でも「若い」という言葉は、うれし〜いのです!(笑)
しかも、「若い」とおっしゃらずにオシャレに言って下さるのが、Gさんらしい♪ 
ありがとうございます。

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この6月は・・・

三月の東関東大地震、津波、原発事故。
こころを痛めながらすごしてきました。

でも、6月は楽しい事がいっぱいありました。

今年の誕生日から「老人身分」になりました。

娘の住んでいる台北に旅行してきました。
たっぷり、お喋りと美味しいものと買い物を楽しみました! ありがとう〜。

誕生日祝いを何度もしました! ありがとう〜。

昨年の夏、乳癌の手術の後の抗癌剤で苦しんでいた友が、元気になって会えた。以前と変わらぬ素敵な笑顔! ありがとう〜。

学生時代からの大事な友から自宅で出来たという、赤く可愛い「すもも」を沢山送っていただきました。新鮮なすももは初めて!
ありがとう〜。写真を撮ることを残り少なくなってで気が付きました。

「魏志倭人伝の旅」の「対馬すみっこ」で知り合った奥様から美味しい送り物がとどきました。
特に木の芽と手作り蜂蜜のブレンドされたもの、はじめての味!おいしい〜。 ありがとう〜。

中国残留帰国者のご夫婦が自宅に招待してくれて御馳走になりました。
涙が出るくらいうれしくて〜。ありがとう〜。

畑に収穫物を取り入れに何度か行きました。エンドウ。ジャガイモ。等々
収穫という良いところ取りをさせていただきました! ありがとう〜。

福井から昨年、脳の手術をした友が来ました。元気になって良かったね。ありがとう〜。

日々沢山、優しさをいただき、嬉しい事がいっぱいの6月でした。
「ありがとう」をどのように言葉にして良いのか解りません。
こんなに豊かな気持ちで年齢を重ねていけることの幸せを「感謝」という言葉しか見つからないのが、歯がゆいです。

良い事ばかりではありません。
右耳の違和感。
手に怪我したり、頸椎あたりの異常な違和感。
肩こり、上腕部の神経が走るような痛み、指先のシビレ・・・
でも、専門医が診て下さっても「特に心配は無い」とのこと。
やはり、年齢でしょう・・・。
少しづつ加齢して行く身を実感しております。
でも、元気で楽しみます。いっぱいの「ありがとう〜」を心に抱いて。

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誕生日とぶらり台北一人旅 

朝、娘と彼もホテルに来てくれた。
マンゴーとライチを道端で売っていたと、買って来てくれた。三人で「おいしいね〜」と言いながら(朝食をしっかり食べたのに)、また沢山食べる。

チェックアウトの時、たまたま日本語の出来る女性が出てきて、
「珍しい名前ですね。綺麗な名前。綺麗な人」と言ってくれたのです!!。
私はお礼を言いながら、名字と名前を褒めていただいたのだと思っておりました。
「ママ、綺麗な人だって! 良かったわね」と娘。(汗)
このホテルで日本人に逢わなかった。朝食の時の私のたどたどしい中国語を従業員の人達が喜んでくれて、とても親切でした。
どこでも台湾の人はやさしい。
政治的には中国との関係もあるし、緊張もあるのでしょうが、どうしてこんなに人がやさしいのか、といつも思います。

娘は(彼は忙しいので・・・)空港まで送ってくれた。
多忙なのにギリギリまで私に付き合おうとしてくれる娘に感謝しながら
やはり、娘の言ってくれた3泊でなく2泊で帰ることにして良かった!と思う。 ありがとう〜。
素晴らしい自分への誕生日プレゼントでした。
これからも前を向いて、「老人身分」を楽しんで、ゆっくり歩いていきます。

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誕生日とぶらり台北一人旅 

朝、ホテルに娘が迎えに来てくれる。
台北の観光地は、私はもうほとんど観ている。
娘もまだ知らないゴンドラが出来ているようなので乗ってみよう〜と決まりました。

台北の動物園駅からすぐのところに(猫空ロープウェイ)の駅がある。
乗るために並ぶ列がパンダと他の動物の列がある。(?)
「パンダの方がいいよ」と係の人が教えてくれました。キリンさん、象さんをやり過ごして、パンダのゴンドラが止まってくれた。

パンダのゴンドラは、ナント、足元が透けて見えるのです!
台湾は日本と一緒で緑の豊かな国です。日本以外にこんなに緑の多い国は少ないと思う。
高所恐怖症の私が「怖い!」という感じは全然なくて、「綺麗だなぁ〜」とまわりの緑と足元の緑を見ていました。

昨年の私の誕生日の写真を娘が撮ってくれました。好評だったので、今年も娘が撮ってあげよう〜と言ってくれました。が、他に2人乗っていたので緊張ぎみです(笑)。
足元に注目!

私たちは途中の2駅目でおりましたが、乗っている時間はそれでも40分。
お値段片道120円程です。台湾は食べ物と交通費が特に安いのです。
それぞれの駅から、いろいろ観光出来るスポットがあります。
私たちはお茶の研究所などでお茶をいただき、展示物を見てから、あるお店で美しい景色を見ながら、お食事、お食事。


全てのお料理にお茶の葉を使ってありました。とてもおいしくて量も多く、二人では食べきれません。

道端でパラソルと椅子だけの喫茶店で景色を眺めて、だんだん墨絵のようになって行く台北を見ていました。

途端に雨が本降りになり、パラソルの下で傘をさしている二人が居ました。
それでも、「たのしい〜。すごく記念になるわ〜♪」と思う私。

バスで下に降りて、以前に来た時に気に入って買い物をしたお店に行く。
娘が通った台湾大学の近くの喫茶店にも、また今回も行ってみた。


二人でショッピング、ショッピング。お揃い(色違い)のスカーフを買った。
安いけど気に入った服も買った。

昨日と同じように、丁度台北に来ている娘のパートナーを呼んでお食事。お食事。
安くておいしくて〜。
「また明日ね」という彼に「明日は日本に帰のよ」という私。
片言の英語。ビックリした彼は「じゃ、今度は日本であいましょう〜」と握手して、帰った。(彼も大変に忙しい人)

私と娘はさらにショッピング。昨夜と同様、ホテルまで送ってくれる。

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誕生日とぶらり台北一人旅 

飛行機で仲良くなった彼女とその友人がホテルまで送ってくれた。
「誘拐?」と心配した娘は、ホテルの前で待っていてくれた。

娘が予約してくれた今度のホテルもメジャーではなく、
日本人客が少ないけれどなかなか素晴らしい。
木製で彫りのある重厚な扉、天蓋のベッドルーム、扇型のジャグジー付の大きい浴室も素敵。
清潔。それに安い! 

ホテルで一休みして、台北に来る前から娘に頼んでいた「海賊版」を売っているお店に連れて行ってもらう。
本当は「海賊版」を買うのは良くありません。
でも、中国残留帰国者に日本語を教える会「ともだち」のメンバーとして
日本の良い映画、テレビドラマを見せてあげたい!のです。
台湾で買うと字幕が中国語で付きます。
日本を理解する上でとても良いと思うのです。
沢山ある中、良さそうな物を見つけるのが大変。でも。「鉄道員(ポッポヤ)」等々を見つけました。

娘の住んでいるのは台湾師範大学のすぐ近く。
国立だから市民に開放されていて、グランドを走っていたり
太極拳をしていたり、市民は自由に活用していました。
ちなみに娘はプール(50m)を利用させてもらっている。

夕食は例によって小龍包の美味しいお店「鼎泰豐」へ。
「やはり台北に来たら行きたいでしょう?」と娘。
娘の住んでいるところから歩いた。
お祭りかと思うほど賑やかな夜市を抜け、
閑静な住宅街に来た時「ひょっとしてこの辺は、昔あなたが2年住んでいたところ?」
「よく覚えているわね。この筋を入ったところよ」と娘。

相変わらず「鼎泰豐」はいっぱいのお客さんで順番待ち。お隣の本屋さんで
本を見ながら待つのは以前と同じ。
「待つ甲斐あるわね。やはりおいしいね〜」
帰りに夜市に増えたファッションのお店をみたり
マンゴーアイスを食べたり・・・シアワセ

さすが台湾。この量で安い! マンゴーがおいしい〜。

お喋りに夢中になり、写真が少ないのです・・・

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誕生日とぶらり台北一人旅 

今年もまた誕生日を迎えました。
立派に「老人」になりました! (笑)
色々な病名を持つようになりましたが、元気で幸せです。
これからも、ますます体力は落ちていくでしょうし、
病名も増えていくでしょう。
もう少し先の色々な心配は取り敢えず置いておいて
「今」を大切に「老人身分」を楽しみたいと思っています。

娘や友人知人からお花が沢山送られてきました。
メールもありがとうございました。
主人が誕生日のお祝いにデイトに誘ってくれました。
五月に龍神温泉に行って来たので、あれがお祝いだったのでは?・・でも楽しいのは多い方がいい\(^o^)/
人生、明日の元気の保障はないから、残された元気な時間を楽しんでおこうと思う。


 (龍神温泉「下御殿」で)

一昨年と同じ処に行きましたが、今年は薔薇の露天風呂ではありませんでした。
でも、8階にある宝塚の温泉は夜景がきれいで、平日の今年は貸し切り状態。

 (宝塚温泉「若水」のお風呂)

2階にあるお食事処から見える夕暮れの武庫川と川にかかるS字橋が綺麗で、お食事も美味しく雰囲気は満点。

 
 誕生日を前に、ふらりと台北へ行って来ました。
一人旅といっても、次女が今、台北で博論のための研究中。
邪魔を承知ですから、主人が釜山へ出張中の2泊3日だけにしました。
娘は「せめてもう一日長く居たら?」と言ってくれましたが、
私にベッタリ付き合ってくれる多忙な娘のことを考えても
「2泊3日が良い」と決めていました。
この旅は自分への誕生日プレゼント。

中国語を勉強中の私。少しは通じるかとワクワク! ドキドキ!
タクシーの運転手さんに住所とホテルの名前の発音が通じるかしら?

飛行機の隣の席の若くて美人でセンスよい台湾女性と仲良くなりました。
日本語勉強のため留学中だとのことでなかなか上手な日本語と
少しの中国語とチャンポンで、人生の岐路に立つ
彼女の相談にのっておりました。
空港でお別れの予定が、「友人が迎えに来るので、一緒に行きましょう〜」との
お誘いに遠慮なく好意に甘えました。
娘にその旨を簡単に電話で説明をしました。
「ひょっとして、ママが誘拐された??」と心配したらしい(笑)

続きは次回に

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「魏志倭人伝」逆コースの旅 

4月26日 釜山

釜山の人口の多さは、朝鮮戦争の時に共産党に攻められたソウルから臨時に釜山が首都になった時が有ります。。人々も逃げて釜山に多くの人々が移動し、そこに住みついたという事らしいです。

実は、主人は「大阪あそ歩」と「釜山の観光」とコラボ?を計画していて、もうすでに釜山を調べてきておりました。
5月末に大阪の人達と「釜山のまち歩き」をします。
秋には釜山から「大阪あそ歩」に来られます。

そこで今回、釜山の強力な助っ人「金 明淑」さんにガイドをお願いしておりました。
彼女は気持ち良くボランティアで案内して下さいました。
彼女は日本の大学を卒業。お母さんは現在91歳の日本人で彼女はハーフ。
理知的で明るく素敵な女性です。実年齢を聞いて若く見えるのにビックリ!
韓国の人が若く見えるのはキムチが良いのでしょうか? それともニンニク? 唐辛子?

今日は盛りだくさんの見学があり、専用バスを用意。
まずは、魏志倭人伝に深い関係のある「加耶(カヤ)の国」の資料が沢山ある「国立金海(キメ)博物館」立派な博物館です。

博物館の前で

私達は教科書で加耶の国は「任那(ミマナ)の国」として習った記憶のある国です。
金さんの手配で博物館の人が日本語で案内をしてくださいました。
出土された数々の埋蔵物は素晴らしいものばかりです。
この地に[鉄]という資源、しかも品質が良い鉄が沢山取れたこと。そして鉄と文化が日本に伝えられたことは一目瞭然です。
考古学を奈良大学で勉強中のH・K氏が「う〜ん。凄いの一言に尽きる」と。

加耶(カヤ)の国はいくつかの国がありその中で一番大きな権力のある国の王様、首露(シュロ)のお墓とお廟があります。金さんの手配でここも専門の日本語でガイドさんが案内してくれました。
とても立派です。毎年「金」さんという名字の方々が集まり法事をなさるそうです。

金さんが昼食にトンネで美味しいチヂミのお店に案内してくれました。

山の上にある梵魚寺(ボモサ)はこの時期だからでしょうか、提灯の飾りつけが凄く沢山あり驚きでした。
熱心に修行なさっておられる方が沢山おられます。


釜山市内にミニワイキキ! 海水浴で賑わう「海雲台(ヘウンデ)」立派なホテルが並んでいます。
お金持ちはここで楽しむのでしょう。
この辺りのマンションは億ションだそうです。地下鉄の駅がある市内だし、景色は好いし、抜群に素晴らしいところです。ちなみに金さんもこの近くのマンションだとか!

ラウンドマークの「釜山タワー」から「近代歴史館」へ。
日本が占領していた頃の資料・写真がありました。
金さんや金海(キメ)博物館の人達から、「これからは仲良くやっていきましょうね」というメッセージを受け取りました。
放射能の事も「釜山で放射能の心配などバカバカしい」と笑っておられる人もいます。

釜山でみかけた看板

報道はいろいろあります。 それが全てではありません。
私たちも、報道だけを信じて軽はずみに、「ああだ、こうだ」と言うと間違うなぁ〜としみじみ感じたことです。

夜は「牧場園(モッチャンウォン)」で焼き肉。

翌日は関西空港へ。
相変わらず締りのない旅行記になってしまいました。

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「魏志倭人伝」逆コースの旅 

4月25日 対馬から釜山へ

対馬の「韓国展望所」ではガスっていて、残念ながら釜山は見えなかった。

対馬の北にある比田勝(ヒタカツ)港で出国手続きをして、臨時に対馬に寄ってくれることになったJR九州高速船「ビートル」を待つ。通常は福岡と釜山の連絡船ですから、この日だけの寄港になります。お願いした主人も私も、少し心配でもありました。

忘れずにちゃんと寄ってくれました。
うれしそうな主人の顔。

対馬に寄ってくれたビートルは殆ど満員でした。
10時45分発→11時55分着で 韓国「釜山港」に着きました。近い!

釜山港は神戸港を抜き入出荷の量ははるかに多く、アジアのハブ港として活気がありました。

船で外国に入るのは初めての事でした。
放射能検査の枠をくぐり入国手続き。
それぞれタクシー3台に分乗して西面(ソミョン)のロッテホテルに。
昼食の後、それぞれ自由に釜山を遊ぶ。
釜山の町は起伏のある町で、平地には超高層ビルが立ち並んでいます。

(ホテルから)
釜山の人口は340万人、大阪250万人、大都会の街です。
昔、山から木を燃料にするために切ってしまって、緑が少ない街。いまは植樹をして緑を豊かにするための努力中です。一度緑を失うと後の手当が大変です。私達は他山の石にしてはならないと強く思いました。

夕食はチャガルチで海産物の屋台のような食堂で食事。
チャガルチは魚貝類の市場。日本の遠い昔のように、地べたのようなところに敷物を敷いて魚貝を並べて売っている。
その市場がとても長いのでビックリしました。

男性クループは物珍しく面白そうで楽しく食べておりました。
女性陣は多くの量や雰囲気にやや食傷気味だったかな?
ワタクシはヘイキなのです。
夜はKさん夫妻の部屋で宴会。

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「魏志倭人伝」逆コースの旅 

4月24日  対馬

壱岐の芦辺(アシベ)港から高速船で一時間と五分で対馬の巌原(イワハラ)港に着きました。

壱岐の島が四角いカメのような形をしていたのに対して、対馬は南北に細長い島で壱岐より4倍大きい島です。緑豊かな美しい島です。
主人は専用バスを手配しておりました。

赤い万関橋  対馬の上下の島を繋いでいる橋。

遣隋使たちは韓国に向かう時に、島の一番狭いところを船から降りて船を引いで梅林時の横を通って島を東西に横切ったそうです。今もその土地の名前は小船越(コフナコシ)と言います。


大変でもその方が速く便利だったのでしょう。

阿麻氏留神社

対馬の住吉神社 今も海のすぐ傍にあり、航海の安全の神様として一番わかりやすい住吉神社。海の水がとてもきれい。

対馬で私が心惹かれた和多都美神社(ワタツミジンジャ)

海に向かって立つ鳥居。

和多都美神社の後ろは原始林。気持ちの良い森林浴。

豊玉姫之墳墓

三角形の鳥居

普段は韓国からの観光客で韓国語が飛び交っている観光地。
福島の原発問題が起こって、韓国人の観光客は全く見ない。
和多都美神社も私達だけの静かな景観でした。

ホテルがビジネスホテルのような感じ。
普段は良いホテルしかお泊りにならない奥様がビックリなさった。
ここだけはJTBにとってもらったのです。
夕食後、いつも誰かの部屋での宴会は止めました。部屋が狭いのです。
主人たちは男だけで飲みに出かけました。
しばらくして、夫達から良いところが見つかったから迎えに行くからおいで!と。
夫婦で経営しているお店で「つしま すみっこ」とてもいい感じ。
出されるものが、美味しい。
そこに来ていたご家族とすでに夫たちは仲良くなっていて、私達がお邪魔して更に盛り上がりました。 元気で感じの良い奥さんから対馬やお料理の事、色々教えていただきました。
自分のところで採取した蜂蜜もいただきました。対馬は和蜂しかいない。そのお味はあっさりとして美味。お酒にも合うとお気に入りのH氏。
ご家族の長女さんは高校生で釜山の高校を選び寄宿しておられるとか。
ご主人はサンパツは釜山に行くとか。

[対馬は韓国人に乗っ取られている]と聞いておりました。
実は「魏志倭人伝」の世界のように、身近でもっと自由に往来していることを知りました。
釜山は緑が少ない街、韓国の人は緑豊かな対馬に自然の癒しを求めてこられるのでしょう。どうか、日本を観光として楽しんでいただければ嬉しいのですが・・・仲良く生きていきたいものです。過度な愛国心はお互いを傷つけます。

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「魏志倭人伝」の逆コースの旅 

4月24日  壱岐の島
今日はまず「鬼の足跡」を観光
後ろに見える波に削られた岩。
壱岐では「鬼」は悪者ではなく神秘な者。不思議な者。神様に近い者。であるそうな。

壱岐の住吉神社。
住吉神社の総社は大阪の住吉大社で海の航海の神様。
遣隋使や遣唐使達は航海の前に必ずお参りをして航海の安全をいのりました。
壱岐の住吉神社、対馬の住吉神社は大事な神社でした。

「双六古墳」立派な県内最大の前方後円墳です。

「鬼の窟(イワヤ)」懐中電灯が必要です。

「月読神社」 偉大な大事な月の存在。占ったことでしょう。

「男嶽神社」 猿の焼き物が沢山並んでいます。

芦辺港に戻り対馬に向かいます。
なんだか写真だけの案内になってしまいました。

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「魏志倭人伝」の逆コースの旅 

いつもの5組の夫婦(おきらくファミリー)で歴史ツアーに行ってきました。
大阪伊丹→福岡港→壱岐→対馬→釜山→大阪伊丹の旅。
旅行の行く少し前に主人とK.Hさんで皆さんに3時間のお勉強会を開きました。
今度の旅行の意気込みが感じられました。

今回で一番大変だったことは、原発の影響で韓国の人たちが放射能を怖がって対馬に来なくなり、対馬と釜山の連絡高速船が韓国籍だったので運行しなくなったというのです。
主人はさすがに困りいろんな方法を考えました。
対馬からまた福岡に戻ってから釜山に入るか・・・それでは魏志倭人伝の世界の感覚が違ってくる。
色々と考え、福岡から釜山へ直行する高速船(JR九州高速船)に対馬に寄って欲しい、10名を乗せて欲しいと申し込みました。
返事を待つ間も、あの手この手と考え手を打っていきました。
有難いことに、JR九州高速船はその日だけ、対馬に寄ってくれることになりました!

4月23日
福岡空港から博多港に。九州郵船で壱岐に向かいます。

壱岐の芦辺港には市役所の人が二人迎えに来てくれておりました。
予約していた専用バスに「おきらくさま」と貼られておりました(爆笑)。

「豊月」で昼食。さすがお気楽は豪勢に注文。解禁になったばかりの黒ウニ(紫ウニ)はとても甘い。

はらほげ地蔵を取り敢えず見て

今回の目的の一つ「一支国博物館」へ。黒川記章氏の最後の作品。


製作半ばで亡くなられました。
昨年長崎県から観光客を5万人集めたい!と主人に依頼があり、主人は心臓の手術を引き延ばしてこの博物館のために東京へ行ったり手を尽くしました。
市役所のお二人の出迎えを受けた時「おかげさまで昨年の目標5万人の3倍の15万人が来館してくださいました」とうれしそうに言ってくださいました。
非常にモダンな建物で、不思議な雰囲気があります。
また、縄文時代の原風景に調和を考えられているのが分かります。
博物館は安楽さん(長崎県東アジア埋蔵物文化センター室長)が案内をしてくださいました。

建物内の展示もさすがに現代風で飽きの来ないように上手に展示されています。
発掘された遺跡の分類されているところも、見ることが出来ます。

立ち入り禁止のマークのところもそっと見せていただきました。
博物館から「原の辻(ハルノツジ)遺跡」がよく見えます。
弥生の時代の原風景。
  


博物館に展示されていたように、弥生の人たちの生活ぶりは
自然で私達が思うより生活が豊かだったと感じます。

中はとても居心地がいいのです。

そして
岳ノ辻展望台

猿岩

本当にそっくり。
そしてホテルで特別なお料理をだしていただきました。

ホテルからの夕日がきれいでした。

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イスタンブールを訪ねて・・・

前々からイスタンブールに行きたいと思っていました。

ダイナミックな歴史のある町。ヨーロッパとアジアの中間にあり、両方の文化をあわせ持つエキゾチックなな町として興味があったのかもしれません。
行ってみて分かることがいっぱいでした。

エジプトとイスタンブールと物価はどうなのか? 同じようなものなんだろうか・・・なんて行く前は思っておりました。両国とも同じイスラム教の国、くらいなものでした。

全然違うのですね。イスタンブールは日本に似ていると思うところが多々ありました。
雨が多く水に恵まれていること。海に囲まれている町でお魚がとても美味しいこと。

車の流れは静かで規律があること。トルコ国民の性格は穏やかで優しい感じがしました(わずかの滞在で感じただけのことかもしれないけれども)。

トルコ語は日本語と同じ発音で同ような意味の言葉が160もあるそうです(ガイドさんが調べた)。

非常に親日家が多く、「日本人?」と何度も聞かれました。答えるとにこやかに笑ってくれます。
主人の写真を撮っていたら、突然入ってきてにっこり笑う青年もいた(笑)。

後ろはイスタンブール駅

昔、和歌山県沖でトルコの船が沈んだことがあり、和歌山の人たちが救助して手厚く接したという事実がありました。が、こんなに多くの国民が知っているの? (主人は和歌山での博覧会は必ずトルコの人達を招待しておりました)

経済は、リーマンショックも受けずに伸びているという。今はトルコリラ、株は好調です。
物価は日本とあまり変わらないように感じました。エジプトとは比較にならないほど高いです。

イスラム教徒ですが、年に数回しかモスクに行かな人も多いらしいし、女性はスカーフはしていますが顔を隠してはいけないという決まりがあるそうです。

言葉はアラビア文字ではなくアルファベットで書かれています。

エキゾチックなイメージは崩れることなく、歴史の遺産を引き継ぎ、今はそれほど目立つ事もなく穏やかにしっかり存在しているように感じ取りました。
日本からは遠い国ですが、もう一度旅行してみたいと強く思っています。

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